発達障害のチェック 不安の解消

前の記事で、甘え、ということについて書きました。

発達障害 チェック お母さんと子どもの関係

この記事では「甘え」が観点になっています。子どもがお母さんに甘えたい気持ち。気持ちを分かって欲しいと思う気持ち。また、気持ちを汲んでもらって当然、と思う気持ち。
 

 
 
そこが捻れると、情緒的な交流を人とすることの出来ない、不自由な状態になることを書きました。そしてその不自由な状態は、様々な精神的に病的な状態や、発達障害と非常に似通った状態になることについて書きました。
こころは、使わなければ、その機能を失っていきます。健康に発達出来なくなります。

けど、こころを使うって、何でしょうか。
情緒的に交流するって、どういうこと?

そこがわからないから、私たちは苦しんで、どうすれば良いのかわからず、こうすれば上手くいく!という方法に頼ってしまっているような気がします。発達チェックもその一つで、◯か✖︎か。それで割り切って、チェックしたい、と思っているような気がするのです。

けど、ここまで述べてきたように、関係性で、あまりにも多くのことは変わってしまうのです。話しやすい人、話にくい人。相手が違うだけで、人はアッという間に、違う人になってしまいます。そして子どもでは、その引き出された方の、そのやり方が定着して、それが性格や情緒的安定、将来になってしまうのです。

でも、関係性って、いったい何でしょうか?情緒的に受け入れられる?そういう感覚は、どうやって育てるのでしょうか。相手の気持ちに立つって、時にとても難しいことですよね。気持ちが、わからない。どうしてそんな行動をするのか、わからない。

そんな、気持ちなんて複雑なことはわからない!読み切れない!時、どうすれば良いのか。そんな時に、使える方法を今日はご紹介します。
 

 

アタッチメント という考え方

甘え と何が違うの?

甘え、と似て非なる考え方、愛着、と訳されることも多いのですが、愛着、ともニュアンスの違う言葉として アタッチメント があります。

アタッチメント は、とても簡単です。ごくごく単純な行動から、端を発しています。生き物として元々そなわっている、ヒトの持つ生物学的な能力と言われます。

そのシンプルな行動とは「人は不安を感じた時に、特定の誰かにくっつくことで、それを解消しようとする」ということです。

不安は、元々生命の危機を私たちに感じさせる、アラームです。
 

不安、な感じ、今こころの中でちょっと思い出してみてください。
どんな感じがしますか?

たまらずモアモアした感じ。いてもたってもいられない感じ。
何とかしなきゃと思う感じ。感じていたくない感じ。解消したい感じ。

 
不安は、私たちに何かを起こさせる力です。自然界では、不安を感じた時、行動しなければそれは 死 を意味します。群れから、お母さんから離れると 不安。 体温が下がると 不安。 お腹がすくと 不安。すべてあの、不安な 原初的な感覚が上がってきているのではないかと、思うのです。

不安の解消

不安は、解消しないと、自然界では死んでしまいます。なので不安を避けるためなら、人は何でもしてしまうように、生物学的にできています。不安を避けることが、例えば、精神の健全な発達を妨げるものであったとしても、発達障害のような状態を起こし結果、生きにくくなるとしても、それよりも ヒト は、まずは不安を回避し、今、命を守る つまり 生き残る ことを 優先してしまうのです。それは私たちが、生物であるが故の本能で、宿命だと思います。

なので、情緒とか情動とか、感情とか、掴めないものを掴もうとするより、分からない時には、ただシンプルに、出来ることがあります。その生物である、という特性を生かした、不安の解消法があります。
 
 

子どもが寄ってきたら、ぎゅ〜

 
それが子どもが寄ってきたら、ぎゅ〜です。

「人は不安を感じた時に、特定の誰かにくっつくことで、それを解消しようとする」
これの応用です。

人が群れであった時のことを考えると、よくわかるかもしれませんね。一匹では危ないので、他の個体にくっついて、命の危険、不安な感じを解消しようとする。また、ヒトの赤ちゃんにとって、体温が下がる、というのは死活問題で、なので、命の危険を感じるような 不安 を、人にくっつくことで、解消しようとしているのかも、しれません。

動物を見ているとそれがよくわかります。サルの赤ちゃんも、びっくりするとお母さんの所に駆け寄ります。群れを作って、お互いに身体接触しようとします。「くっつくことで、安心する」
 

 

食べる、寝る、排泄する。そのことについては、育児書などにも良く書いてあります。また、保健センターのお話などでも、良く教えていただけることですよね。しかし、ヒト が発達する上で、同じくらい大切な生物としての特徴、アタッチメントについては、あんまり伝えられていないんじゃないかと、思います。

お子さんが駆け寄ってきたら。抱きしめてあげてください。安心するまで、身体接触をしてください。これだけで、子どもの未来が変わります。人の中には、自然が入っています。

安心の感覚

わかりやすい例で言えば、公園などに遊びに行き、子どもが転んだとします。お母さんの所に駆け寄ってきます。泣き止むまで、落ち着くまで、ただ、身体をくっつけておいてあげてください。安心する声を、かけてあげてください。するとお子さんは、再び元気になって、気を取り直して、外に向かっていくでしょう。これが、愛着(アタッチメント)行動です。

逆に言うと、子どもが機嫌よく遊んでいたり、探索していたりする時は、な〜んにもしなくていいくらい ということです。必要なのは、子どもが愛着(アタッチメント)を求めてきた時、それに返してやるということです。

本当に、聞き分けのない子、逆らうような、人を試すような行動ばかりする子ども
そんな子どもが、眠る時には、大人に近づいて来たりします。「都合のいい時ばかり!!」大人としては、腹が立ったりするものです。しかし、その子の安心を感じたい感覚、それの精一杯の表現だったり、素直な行動だったり、するのではないかと思うことがあります。まずは近寄るところから。そこから、やってあげても良いのではないかな、と思うことがあります。

人は自然の一部

余談ですが、「あなたのこと、愛してる!」「大好きよ!」というのと、愛着は違います。^^ 愛着理論は、システムの理論です。ねっちょり してなくても、ぴったり よりそわなくても、ずーっと 手間暇かけなくても出来ます。あなたは愛情が足りないのよ!とかそう言ったことではないのです。

アフリカのお母さん達に見られる、愛着(アタッチメント)行動の話が、私は好きです。アフリカのお母さん達は、子どもを放っています。意識の上では、子どもの存在を感じているのかもしれませんが、じーっと見守ったりいわゆる 愛情かけたり するようなことはしないそうです。しかし、子どもが自分の手の中に戻ってきた時、その時だけ心配を沈めるような愛着(アタッチメント)行動を適切にするそうです。それにより、子どもは安心を得て、再び外の世界に出ていくと言います。

こんな感じの、子どもを信頼した、自然な感じの愛着(アタッチメント)行動って、すごくいいなあ、と思うことがあります。こうしなきゃ、ああしなきゃ、と言うよりも、そんな時だけそんな風に、身体が自然に動いたらいいですよね。私たちも自然で、動物の一部なんだから。
 

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こころとことばのセラピスト 清水宏美

Posted by kids-d